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新元号

人は脳の機能のわすか10パーセントしか使っていないと言う。
自分の脳ミソでさえ90パーセントをムダにしてるのだ。
で、あれば。
私がスマホを100パーセント使いこなせない事を、一体誰が責められよう。
近頃世間をざわつかせている「スマホ決済」だとか「pay pay」だとか、心は焦るばかりで何が何だかさっぱりわからない。
あたしゃ現金主義なのよ、と息巻くのは簡単だが、スマホで payすると何がしか得をすると聞いた日にゃ、これはもうやるしかないのである。
しかし、とにもかくにもわからない。
その昔、FAXが初めて一般家庭にやって来た時に、紙に書いた文字が遠く外国にまで届くのが不思議で、うちのおばあちゃんなどは文字が電線を伝って相手の紙にペタリと落ちるんじゃろ?と言っていたが、まさに今私も、 pay payで支払った現金が空中を飛び交ってる図しか浮かばない。
これは明らかに、理解できる若者だけが得をするシステムである。
なぜ教えてくれない?
なぜ、「オバさんにもわかるスマホ決済説明会」を開催してくれない?
もしかして、理解能力のないババアのために説明会を開くくらいならひとまとめに葬った方が早いと、国は考えてるのかもしれない。
世界はどんどん変わっていく。
平成は終わろうとしている。
あ、新元号、閃いた。
「姥捨」



年寄りは敬いたまえ。
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沢田研二問題

あれはどうなんだろう?
例の沢田研二コンサートドタキャン事件、の事である。
ご高齢ゆえに、体調不良ではないのか?と皆が心配したとおもうのだが、何とその実は、客の入りが悪いから、あんなスカスカの会場でできるか!と言うたいそう上からの理由だったのである。
しかし、私が驚いたのはそこではなく、この沢田研二の暴挙に誰も異を唱えないという点である。
普通に考えれば、70歳のお爺さんを見るために、7000もの人がお金を出して、交通費を使って、やって来てくれたのを無下にするなど、言語道断であろう。
だがしかし、世間様はそれを許した。
例えば。
町内会の敬老会で何か催しやるんだけど、誰か何かやってくれる人いないかしらね?
あぁ、確か三丁目の猫山さん、なんだか訳のわからない手芸やってるらしいわよ。
あら、じゃあそれやってもらいましょうよ。
ちょっと猫山さん、週末の敬老会で手芸教えてよ。
え?人数?それは任せてよ、この町内年寄りだらけよ、50人は来るわよ。
かくして当日、ふたを開ければ集まった年寄りはだった5人。
は?50人って言いましたよね?こんなスカスカの教室で教えられるか!
と、中止にしたとしたら…
猫山さんがその後、町内会で針のムシロ状態になるのは明らかである。
それは仕方ないよ、猫山さんのポリシーだよ、などと言ってくれる人はいるはずもない。
そして何より、その時集まった5人の年寄りが猫山さんを許さない。
なぜ7000人を無下にした沢田研二70歳は擁護され、たった5人を無下にした猫山さん55歳は糾弾されるのか。
ま、言うまでもないが、それは沢田研二が大スターで、その世界での権力者で、歳を取ってもなおイケメン、だからである。
さらに、あえて付け加えるなら、彼には言って聞かす人が恐らくいない。
猫山さんは幼少の頃から、中の下で、周りに気を使って生きてきた。
不条理や偏見にまみれても守ってくれる人はいなかった。
ただ、猫山さんには、おおっびらには守ってくれなくても、陰で一緒に悪口を言ってくれる人はたくさんいた。
猫山さんはそうやって困難を乗り越え、不条理に耐え、たった5人を大事にして生きてきた。
はたして沢田研二と猫山さん、どちらをより幸せな人生と感じるかはあなた次第である。



いやいやいや、絶対沢田研二だよね?間違いなく沢田研二だよ!
なによりもチケットを買った6000人が許してるんだから、それでいいと思います!

関西人だもの

酷いめまいのため救急車で運ばれた、東京在住の友人から聞いた話。
病院に到着した彼女が看護師から名前を聞かれ、「エンドウミキです」と名乗ったら、その看護師が「あら?私もエンドウミキなんですよ」と言ったそうだ。
彼女は看護師と手を握り合い、その偶然にしばし具合の悪いのも忘れる事ができたという。
その時である。
そこにまだいた救急隊員が「僕はコジマシロウです。よろしく!」と爽やかに言ってきたらしい。
彼女が再びめまいを起こしたのは言うまでもない。
わかっていただけるだろうか?
このシチュエーションにおいて、問題はたまたま患者と看護師が「エンドウミキ」であったというところにあり、この場合、同姓同名であることが肝心だったわけで、2人は何も自己紹介をしていたのではないのである。
にも関わらず、「エンドウミキ」とは似ても似つかぬ「コジマシロウ」が名乗ってどうする?
何のために名乗ったんだ、コジマシロウ。
これが関西の救急隊員なら、ウソでも「奇遇ですね!ボクはエンドウミキオです!」と言っただろう。
うちの息子も東京勤務の折に、同僚の女子が「私昨日38度熱がでたんですよ~」と話しかけてきたから、黙って続きを待っていたら、「えー無視ですかぁ?」と言われ驚いたと言っていた。
いやいや、オチないんかい!お前の熱の話どうでもええねん!との言葉は飲み込んだらしいが、どうにもそれ以来関東人との距離が埋められぬまま、大阪に異動希望を提出したという過去を持つ。
かつて散々世間を賑わせていた日大アメフト問題にしても、事件に直接関係のない日大生がインタビューで「就活に影響しないか心配です」などと言っているのをよく耳にしたが、いやいや私だったなら、面接のつかみで使えるこんなオイシイ話題はないと思ってしまうのだが、これも関西人ならではの発想なのだろうか?



そーゆーこと言っちゃいけないと思います!
でも関西人ならわかってくれるはず!
と、言いつつ炎上が怖くて顔を隠します😽


さようなら、森永チョコフレーク


何を隠そう、私はチョコフレークが大好きである。
誰にも聞かれた事がないから言ったことはないが、もし最後の晩餐は何がいい?と聞かれたなら、間違いなくチョコフレークと答えるぐらい好きだった。
それなのに。
あぁそれなのに。
森永がチョコフレークの生産を中止する。
何でも最近は、カカオ多めの苦いチョコが人気で、更にはスマホを触りながらだと手が汚れて食べづらいなどの理由で販売数が減少していたのが原因らしい。
若者への迎合…
チョコフレークよ、お前もか、の心情である。
私に言わせれば、チョコフレークを食べながらスマホをいじるなど、言語道断である。
聞くところによると、若者達はポテトチップスを箸で食べるらしいではないか。
理由はもちろんスマホが汚れるから、である。
それならば、チョコフレークも箸で食べれば良い。
なぜポテトチップスは生き残り、チョコフレークは死に絶えるのか?
ポテトチップスよりチョコフレークが劣る理由が私にはわからない。

かねてから、己の葬式でSMAPの「ありがとう」を流す事を公言している私であるが、そのSMAPも解散してしまい、更に最後の晩餐予定の森永チョコフレークも生産終了である。
自分の死に際を誰も見送ってくれないような、そんな気がした悲しい初秋の出来事だった。


だからと言ってメルカリで高額で買うってのはちょっと違うと思うんだ。



忖度の国、日本

少し下火になったようだが、テレビを賑わせていた元ボクシング協会の山根会長。
あの人の言葉を聞いて、識者の皆さんは怒ったり驚いたりしているようだが、私はちっとも驚きはしない。
なぜなら、あんな人はそこら辺にいくらでもいるからだ。
一つは時代のせいだ。
昭和という時代は、良くも悪くも、封建的な習わしのようなものが多々残っている時代である。
声が大きい人には皆なびく。
コワモテな人には反論できない。
お金持ちには皆媚びる。
肩書きにはからきし弱いし、男は女より偉いという感覚も根強い。
昭和の前半世代のエライ人達は、それがまさか悪いことだなんて夢にも思っていないので、反省などしない。
何を今さら、である。
少し見回せば、政治界はもちろん、町内会にもPTAにも職場にも、そして家庭内にだって、リトル山根はいくらでもいる。
この人達が反省するなんて事はない。
この人達を排除したいなら、その世代が死に絶えるのを待つしかない。
それしかないのである。



はい、その通り。
ワタクシ、何も頼んじゃいないし何も要求してませんよ。
歴史に生きる歴史の猫ですからね。
良きに計らってくれたまえ。
by家庭内リトルニャマネ



天才の育て方

最近話題の「医学部に通いながら司法試験に一発合格」したイケメン東大生のお母様がこんなエピソードをテレビで披露していた。
一歳の頃、息子にリンゴを見せてこれなぁに?と聞くと、まだ喋れない彼は自ら、あいうえおボードを持って来て、「リンゴ」と録音して再生してみせたそうな。
それは凄いと、出演者一同驚愕していたのだが、それで思い出した。
あれはうちの娘が2歳の頃だったと思うのだが、当時同じマンションに住む1つ下のなっちゃんというお友達と毎日のように遊んでいたのだが、その子がうちに遊びに来たある日、おもらしをしてしまったのである。
そんな事はよくあることで、特に騒ぎ立てることもなく、その場は何事もなく終わったのだが、その日の晩、散らかってるオモチャを片付けながらふと、あいうえおボードを見ると何かが録音されている。
何だろう?と再生してみると、そこには「なっちゃんおもらしした」と録音されていたのだ。
それこそまだそんなに喋れない頃である。
東大医学部で司法試験の彼の「りんご」に対し、こちらは文章である。
時は流れ、うちの娘は東大にも行ってなければ医学部でもなく、そして美人でもない。
なぜか?
言わずもがな、「親」の差、である。
私は自分の子育てを反省するとともに、遺伝子の部分ではどうしようもないしなと自分に言い聞かせつつ、それでも猫好きの心優しい我が娘に充分満足もしているのである。



でもやっぱり天才飼い主が良かったな、オレは。

免許更新

冬季オリンピックも終わってしまい、やる事がないので免許の更新に行こうと思い立った。
今までは、免許の更新にはなんだか遠くの辺鄙な所まで行かなければならなくて大変だったのだが、最近では、優良運転手と高齢者だけは駅チカの便利な場所でできるらしい。
そんなわけで早速便利な駅チカへ行ってみる。
言っておくが、私は優良運転手である。
決して高齢者枠ではないのでそこのところよろしく。
それはさておき、会場には平日にもかかわらずたくさんの人が来ていた。
それでもいつも行く辺鄙な免許センターに比べれば、ずっとすいているし、建物も綺麗だ。
係員(警察官か?)の手際も良く、流れるように作業が進むのだが、いただけないのは写真撮影までもがあっという間だった点だ。
あれはいかん。
あそこだけは鏡をじっくり見て口角を上げる練習をする時間が欲しかった。
しかしまぁそこを除けば、今までの常識を覆す、ほぼ快適でスムーズな免許更新であった。
それにしても毎回思うのだが、お支払い窓口でさりげなく勧めてくる交通安全協会への寄付?と言うやつ、あれはなんとかならないものか。
あの場で断るのはなかなか勇気がいるし、かといって言うがままに払うのも腹立たしい。
たいがいいつも不満に思いながらも払ってしまうのだが、あれは本当にちゃんと役立つことに使われているのだろうか?
見返りに渡される使わない免許証入れと、ありがたくもないお守りを模した反射板などを大量生産するお金があるなら寄付など募らなくて良いではないか、と毎回思いながら、今回もまた払ってしまい、腹いせに「その免許証入れもお守りもいりません!」と突っぱねてはみたが、今もってクヨクヨしている次第である。


人間ってのはちっちぇな。。

小室哲哉問題

少し下火にはなったようだが、それでもまだワイドショーで盛んに取り上げられる小室哲哉氏の話題。
元々文春が小室哲哉氏の不倫現場をスッパ抜いたところから始まったはずであるが、小室哲哉氏本人が引退すると宣言したために、問題は不倫から引退へ速やかに移動し、コメンテーターの皆さんも世間の人々も皆、小室さん可哀想、となり、果ては介護問題の見直しにまで発展していることにどうも釈然としない。
よく考えて頂きたい。
これが小室哲哉じゃなく、例えば斉藤由貴だったらどうだろう?
あの時、斉藤由貴がもし夫を介護中だったとして、日々の疲れからかかりつけの医者に心身ともに甘えて頼り、ホテルに行ったけど女性としての機能はもうないので一線は超えてません。と釈明していたら、世間は斉藤由貴可哀想、介護問題を見直すべきだ、と言っただろうか?
もっと言えば、一般の主婦が親の介護をしている最中に、イケメン医師に頼って甘えてホテルに行ったなら、世間は可哀想だと言うだろうか?
更にそれが夫の親だった場合、小姑や親戚のおっさんが何というかは火を見るより明らかである。
小室哲哉の問題を一般論として論じるべきではない。
ましてや小室哲哉の介護対象は親ではなく妻である。
音楽を理解しなくなって歌を歌えない、大人の女性として会話できない妻に不満を持つ前に、ずっと華々しい世界で歌を歌ってきたことが、彼女にとってはもしかするととても辛くしんどい事だったのではないか?自分のために不安を押し殺して歌い続けていたのではないか?と、思いやるべきである。
そして本当に介護が辛いのなら、介護施設など専門の方々に任せる事もできるわけで、浮気をして良い事には絶対にならないと思うのだが、どうだろう。


知らねーよ。おれの世話はしろよ、一生しろよ。

遅ればせながらハロウィンのお話し

うちの近所の某私立高校は、パーマやカラーリングもお咎めなし、スマホの持ち込みもOK、と言う自由な校風で人気を博しているのだが、先日のハロウィンの日、生徒達が皆、仮装して登校しているのにはさすかに驚いた。
網タイツに超ミニスカートのゾンビや、白衣で顔面血だらけのゾンビなどが、最寄りの駅でニコニコと電車を待っている姿は、なかなかな眺めで、昭和の女の脳ミソは混乱を極めたのだが、生まれつき茶髪の高校生に黒く染めるように強要する時代錯誤な学校に比べれば、ずっと良いに違いない。
しかしながら、このゾンビ達に授業を行なっていた先生方の心中を慮るに、なんとも、時代は変わったなぁと、遠い目をするしかない。
そもそもこのハロウィンというヤツ、一体何なんだ?
私はあのユニバで毎年この時期繰り広げられるハロウィンイベントが恐ろしくて仕方ない。
行った事はないのだが、テレビコマーシャルで見る限り、どうやら高校生の仮装などとは比にならないオトナのゾンビが、ウジャウジャ園内に現れるみたいではないか。
何と恐ろしや。
よくも皆あんな恐ろしい場所にこぞって行くものだ。
私は何もカマトトぶってゾンビ怖~いとか言いたいわけではない。
もしあの中に、本物の変態野郎が混ざってたらどうするんだ?と危惧するわけである。
何てったって皆んな仮装してるわけだから、本物のイカれたヤツにとってはパラダイスではないか?
いたいけな若者達がワーキャー言ってる中に、本物のチェーンソーを持った悪いヤツが混ざっていたら…
そう思うと恐ろしくて、いまだはびこる日本人の性善説をそろそろ見直すべきだと、割と本気で思っている次第である。



これもかなり怖い…笑

修学旅行列車

またこのシーズンがやってきた。
「修学旅行」だ。
うっかり電車にのると超満員、その乗客の殆どが制服を着た中高生、と言うシーズンである。
修学旅行における「とりあえず京都行っときゃなんとかなるだろ」的発想はいかがなものか?
中高生が一生に一度の修学旅行を、本当に京都に行きたいと思ってるとは到底思えない。
なのになぜか遠い昔から、修学旅行と言えば京都奈良と決まっている。
まぁ目的地がどこであろうとこの際構わない。
問題はそこではなく、彼らのマナーである。
元気一杯、健康第一な彼らはなぜか電車の座席に寄ってたかって座るのだ。
不思議な事に引率の先生はほとんどの場合立っている。
どちらかと言えば先生が座って生徒が立つのがスジだろう。
なのに彼らはこぞって座り、喧々囂々、途中の駅で年寄りが乗って来るたび、目を光らせるのは私だけで、先生方は知らん顔だ。
生徒指導はどうなってるんだ!と鼻息荒く更に観察していると、一部立っている生徒に向かって先生が必死で「座りなさい!あんた達は立ってる方が迷惑なんだよ!」と言っているではないか。
なるほど。
育ち盛りの彼らは立っていてもかさ高く、確かに迷惑この上ない。
その横で小さくなって立っている先生方、スケジュール表を片手に、どなたも疲れ切った表情でいらっしゃる。
世の中で1番ややこしい年代の中高生と来る日も来る日も付き合っている先生方。
修学旅行の移動中ぐらいはとりあえず彼らをおとなしく座らせておきたいのかも知れない。
そう思うと何だかとても心が先生寄りになり、この子達が京都奈良を良き思い出にして無事修学旅行を終え、楽しく帰って行く事を願ってしまうのであった。



修学旅行ボクも行く!

てか、ブログ久しぶり過ぎて投稿の仕方忘れかけたわ!



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プロフィール

raipi

Author:raipi
京都在住 ♀ A型 水瓶座

ライアン ♂ 2006年8月20日生

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