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やって貰う派

今年の冬、家族で鍋を囲んでいた時の事である。
我が家の冬の日曜日は鍋、と決まっている。
今年ハマっていたのがキムチ鍋。
たっぷりのもやしとニラ、水菜に豚肉・餃子、で心も体もポッカポカである。
その日のキムチ鍋の〆のラーメンの時だった。
炊き上がってそれぞれが自分の器にラーメンを取っているのに、息子だけが動かない。
「どうしたん?いらないの?」と聞くと、何と、「いや、オレ、やって貰う派。」とのたまうではないか!
前にも書いたが、息子は高校生である。
未成年ではあるが、最近めっきり色気づき、体格的にもすっかりオトナである。
それなのに…
これは実は、今に始まった事ではない。
息子は初めての子で、生まれた時は回りの環境も大人だらけで、文字通り、蝶よ花よと可愛がられて育ってきた。
何も望まなくても、やれ誕生日だ、クリスマスだ、と言うと、親以外にも両方の祖父母から叔父、叔母に至るまで、これでもかと、物を買い与えられて来た。
着る物でも、食べ物でも、全て目の前に用意され、ハイ、手を洗いなさい、ハイ、着替えなさい、と言う調子できてしまったのだ。
息子が幼稚園の頃、ある人から、こんな言葉を聞かされ、私は目覚めた。
「男の子は鉛筆1本でも自分で選ばせなきゃダメ。何でも親に与えられてる子は、初めて選ぶのが“女”って事になり、とんでもないのを連れて来るわよ!」
その日から私は鬼と化し、全て息子に自分でさせるようにした。
そりゃあ最初はイライラしましたよ。
何にもできない。何もわからない。
「何でそんな事もできないの?」と怒りまくりの日々だったが、そのうち段々、人並みになってきたと思っていたのに…やはり三つ子の魂百までもと言う事か…
そう言えば、息子の友達がうちに集まって庭でバーベキューをしていた時、ふと見ると、誰も肉を網に乗せず、ボーっとしていて驚いた事がある。
きょうびの子は、息子に限らず、やって貰う派が多いと見た。
某料亭の謝罪会見なんぞは(一時ブームになったささやき女将ですね)その最たる見本だろう。
そしてここにも…
餌場の前に座り、餌がてんこ盛りに入っているにもかかわらず、私の方をジッと見つめ、「食べさせて」と訴えるヤツが1匹…
そう、ライアンは一度私が餌を手に取って口元に持っていってやって以来、すっかり“やって貰う派”に成り下がっていたのであった。
やってもらいたい派
う~ん、うまいにゃ
やっぱ飯はこうやって食べるに限るにゃ


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息子とライアン

あまり登場しないが、私には現在高2の息子もいる。
この子がまたエピソードには事欠かない、超天然ボケキャラである。
ライアンの事は、可愛いには可愛いのだが、いまいち可愛がり方がわからないらしい。
特に遊んでやるわけでもなく、抱くわけでもなく、たまに写メを撮るぐらいの付き合いだ。
ちなみに子猫の頃のライアンを携帯の待ち受けにして、女子との会話のきっかけを掴むのに利用してるらしいが、成果の程は定かではない。
ライアン的にも、この息子の存在は謎の様子で、小さい頃は「あんた、誰!」と毎日のように、ビックリしていたが、最近では、息子が帰って来ると、「うわっ!またコイツ来た…」と言う顔で、チラッと見て知らん顔を決め込む。
どうやら息子のポジションは、『よく来るよその人』と位置づけられたみたいだ。
息子の方は、そんな事にはお構いなしで、「おっ、ライアンがオレを尊敬の眼差しで見てる!」と、あくまでもお気楽である。
息子とライアン
あいつとは目合わしたくないねん

娘とライアン

今の家に引っ越して来た時、娘は小学3年生だった。
引越しに伴い、転校もしたわけで、3年生はちょうどクラス替えの学年だし…と、夫も私も軽い気持ちで事を運んだ。
娘は元々明るい性格で、信号待ちをしてる間に、もう友達が出来るような子だった。
幼稚園の時から前の学校の2年生になるまで、担任の先生にも可愛がって頂き、いわゆるクラスのちょっと出来る子、であった。
お友達もたくさんいたし、時々揉める事はあっても、あくまで低学年レベルの話であった。
で、3年生である。
新しい学校は、前の学校より、ちょっと田舎と言うか、規模も小さく、生徒数も少なく、それ故、子供達の結束も固い。
そこへ放り込まれた、何でも思ってる事を口にする、アメリカンなうちの娘は明らかに浮いていた。
女の子と言うものは、恐ろしいもので、噂には聞いていたが、3年生ぐらいからグループを組みたがり、どのグループにも属して居ない者は、それはすなわち、仲間はずれなのだ。
娘が何も言わなかったので、私がそれに気付くのは、ずっと後になる。
どんな思いをしていたかと思うと、可哀想でたまらない。
幸いここでも、担任の先生には恵まれ、娘を仲間はずれにしていた黒幕の女の子も、その取り巻き達も、全員に個別に話をして下さり、何とか事はおさまった。
まだ3年生ぐらいの子供は先生の言う事は、聞くのである。
これが高学年、まして中学、高校になると、親も先生も介入できなくなり、悲惨な事件が後を絶たないのである。
悪い芽は早めに摘むに限る。
4年生になり、担任が変わったのだが、これまたとても良い先生で、本当に助かっている。
この年の9月から、ライアンを飼い始めるのだが、この先生が猫好きで、自身も2匹飼っておられ、娘とは「猫友」としても付き合って下さるのだ。
娘はライアンを飼う事を、誰よりも喜び、ライアンの授乳もよく手伝ってくれた。
しかしやはり、ライアンにとって、母は私であるようだ。
娘はお姉ちゃんといったところか。
遊びはもっぱら娘が担当だ。
ライアンは娘に抱きしめられたり、追いかけられたりするのが、ものすご~く嫌みたいだが、何故か娘に寄って行く。
そして、羽交い絞めにされて、「しまった!」とジタバタして逃げるのだが、すぐまた、戻って来て、また捕まってる。
思えば、ライアンにも兄妹猫の思い出が残っているのだろう。
娘に兄妹の面影を重ねているのかもしれない。
現在娘は6年生。
子供なりに色々あるだろうが、前向きに頑張っている。
人間換算すると、早くも娘の年齢を超えてしまったライアンだが、娘にとってはいつまでも、可愛い弟であり、癒しの存在なのである。
娘とライアン
お姉ちゃんと一緒に学校行く~(昔)
娘とライアン
何が何でも一緒に行くぞ!(現在)
ランドセル小さくなってないか?

奈良で♪

20080423092022
実家の父と奈良公園の博物館へ行ってました。鹿の写真撮るの忘れました…
このおじさんは《高速餅つき》のおじさんです。ご存知ですか?

猫との付き合い方

前々から気になっていたのだが、皆さんは、猫に話しかける時、どんな風に話かけてますか?
かく言う私は、ズバリ、赤ちゃん言葉です。ハイ。
これはやっぱり一般的には変なのかなぁ?
ライアンはもうすぐ2歳になるので、人間換算すると、20代の青年といったところか?
だとすると、そんな彼に「ライちゃ~ん、ご飯でちゅよ~」はやっぱ、変だろう。
さらに年をとって、30代~40代の働き盛りのオッサンになったとしたらどうか?
私はやはり、そうなっても、「ライちゃ~ん、かちこいでちゅね~」と言うに決まってるのだ。
例えば私が、友達と食事をして、夜遅く帰宅したとしよう。
キッチンには食い散らかしたお皿が山積みのまま、夫がパンツ一丁でリビングで、グーグー寝ていたとする。
その時私はどう言うか?
考えるまでもない。
私はブチ切れて、「パパ!何やってんのよ!さっさと着替えて部屋で寝なさいよ!」と怒り狂うであろう。
ところが、同じシチュエーションで、ライアンがリビングで丸くなって寝ていた場合はどうか?
恐らく私は、「ライちゃ~ん、待っててくれたでちゅか~。ごめんでちゅ~」と、満面の笑みで嬉々として、トイレ掃除をするに違いない。
考えてみれば、どちらも中年オヤジなのだ。
しかも、言うまでもなくこの場合、ライアンは素っ裸である。
パンツ一丁の夫の方が、まだましであるはずなのに、私はライアンには「でちゅまちゅ言葉」を連発する。
ライアンがさらに歳をとって、老齢に近づいたとしても、きっと私は「よちよち、かちこいね~」と言うに違いないのだ。
私の愛読書、「アブサン物語」を書かれた、村松友視さんは『愛猫を子供の代用品扱いするのは、猫に対して失礼だ』と書いておられる。
老齢に達したアブサンに、尊敬の念を持って接するように、心がけられたそうだ。
私も今日から、もっとライアンを、大人として扱おうと思う。
ライアンとなら、大人の付き合いもできそうな気がする。
そんな事を思っていると、ライアンがトイレから出て、側にやって来た。
見ると、頭もしっぽも、砂で真っ白だ。
「ライアンさん、そんなにトイレの砂をかぶって、気持ち悪くないですか?
ちょっとブルンブルンと払われたらどうですか?
あなたもいい大人なんだから、いつも人を当てにしていないで、ご自分で始末なさらないと…」
と、言ってみたが、ライアンはお構い無しに、白い頭を摺り寄せて来る。
あ、ダメだ。
大人の付き合いは3分で終わった。
「そーか、そーか。ライアンちゃんは白猫ちゃんになりたかったんでちゅか~」と私はライアンを抱きしめ、砂を綺麗に拭ってやった。
猫と付き合う
大人はこういう寝方はしない
猫と付き合う
大人はいちいちこういう所に入らない

方言

昨日の新聞に、京言葉についての記事があった。
京都では、「お粥さん」「お揚げさん」などと、何にでも『さん付け』するのだが、それって、記事になるほど変な事だったんですね!
てっきり、全国区だと思ってた…
記事には、《「八坂さん」「大丸さん」はわかる。「あめさん」「お芋さん」もまだいい。しかし、「うんこさん」となるとちょっと…》とある。
はい、言います、うんこさん。
え?世間では言わないの??
言わないんだ…
もうひとつ、敬語について。
京都の人は、身内でも、子供でも、果ては犬猫にでも、敬語を使う。
これはさすがに、私も嫁に来た当初、もの凄く違和感があった。
うちの兄嫁は、子供の学校で、「うちの子はゲームばっかりしはるんです」と言ってるバカ親がいたと、怒ってたが、多分その人は、京都の人なのだ。
京都では、そのように、他人に身内の事を話す時でも、敬語を使うので、しばしば誤解を受けるが、これはいわゆる、方言なのだ。
京都では、道で犬に出会えば、大抵の人が、「犬さんが散歩してはるわ」と、さん付けの上に、敬語を使う。
私も今では、「ライアンが嫌がってはるから、やめなさい」とか、「ライアンが外へ出たがってはるわ」とか、普通に使っている。
これ、やっぱり変だったんだ…
全国共通だと思って、日常使ってる言葉が、実は余所では通じないって言う事は、きっとたくさんあるのかも知れませんね。
方言
猫語は全国共通なのだ。
こいつとだって話せるのだ。

ベトナムの絵♪

20080417101957
さやかさんから頂いたベトナムの絵です!PCトラブルでなかなかアップできませんでしたがモブログで…
素敵でしょ?
たくさんのお菓子も頂いたけどそちらは既に胃の中です(爆)

ツバメ~巣立ち-2-

ヒナ達の飛行練習を見た次の日、朝から巣はカラだった。
上空にもツバメの姿はない。
一体どう言う事なのか?
昨日の時点で、まだあんなに未熟だったのに、ましてや1羽はまだ、練習さえもしていなかったのに、もう旅立って行ったのか?
私は、ライアンを抱いたまま、しばらくカラの巣を見上げていた。
ツバ子一家が、クルクルと上空を旋回し、「さよーならー、来年もまた来るからねー」的な別れを常々想像していた私としては、本当に残念だった。
しかし、現実なんて、こんなものだろう。
動物の成長は、人より早いのだから、ツバメのヒナだって、昨日飛べなくても今日はしっかり飛べたりするのだろう。
それにしても…
その日の昼過ぎ、テレビを見ながら、ライアンとゴロゴロしてると、裏庭の方が、やけに騒がしい。
ふと、窓の外を見ると、うちの裏の家の軒先に、何とツバメがズラリと並んで鳴いている。
数えてみると、11~2羽いる。
その中には勿論、ツバ子もいた。
そしてたぶん、ヒナ達も。
窓は開けずに、そっと中から見ていたら、ツバメ達は、ピーチクパーチクやかましいほど鳴いている。
「さよーならー、来年もまた来るからねー」
そう言ってるんだと決めた。
私もライアンと、「さよーならー、待ってるよー」と手を振った。
ツバメ達はフッと静かになると、いっせいに飛び立った。
想像とは違ったけれど、確かにあれは、ツバ子一家の別れの挨拶だったのだろう。
次の日から、ライアンは、ツバメ見に行こうよーと玄関に降り立つ事をしなくなった。
ライアンも私も、この春の再会を待ちわびている。
おしまい。
つばめ
ズラリと並んでご挨拶。
今年も戻って来てね~

ツバメ~巣立ち-1-

我が家の玄関先で、生まれ育ったツバメのヒナ達…
巣立ちの時の感動のシーンを想像して、日々暮らしていたある日。
買い物から戻ると、うちの上空にやけにたくさんのツバメが飛んでいる。
え?もしや?と、すぐ巣を確認すると、ヒナが1羽だけ、羽ばたきながら、大声でピーピー鳴いていて、あとの2羽はいない。
上を見ると、ツバ子とツバクロウと共に(この頃には私は、少なくともツバ子の事は見ただけで識別できるようになっていた。)明らかに、初心者風のツバメが2羽、飛んでは電線に止まり、また飛んでいる。
旅立ちの時の練習をしているのだ。
電線に止まる時も、グラグラして、気が気じゃなっかたが、長い旅の途中、休憩できなければ、命に関わってくる。
彼らはそんな練習も、ちゃんとしているのだ。
夕方になると、また、巣には3羽のヒナがいた。
こうしてこれから何日か、旅立ちの練習をするのだろう。
心で応援しながらも、近づく別れの予感に、また涙する私であった。
それにしても、その日の練習の時、ツバ子一家以外に、部外者のツバメがたくさんいたが、あれは親戚一同か?
一緒に旅する他のツバメも、ツバ子のヒナ達の巣立ちを待ってくれていると言う事か?
そう言えば、そもそもツバ子達が巣を作り始めたのは、他よりちょっと遅い時期だった。
現代っ子のツバ子は、周りの意見も聞かずに、別にいーじゃんと、子作りを怠けていたのかも知れない。
そんなツバ子を心配して、親戚一同、集まってくれたのだろう。
無事皆と一緒に旅立てる様、祈るばかりである。
つづく。
つばめ
大きくなってきました。
いよいよお別れの日が近づきます

ツバメ~ヒナ誕生

ツバメのメスは、巣作りの時すでに、妊娠しているのだろうか?
巣が完成してすぐ卵を産むのだから、おそらくそうなんだろう。
身重の体であの巣作りをするのは、さぞや大変だろう。
私はつぶさに見ていたので、オスが一羽で巣を作ったのではない事を知っている。
それは二羽の共同作業だった。
私は二羽に『ツバ子』と『ツバクロウ』と名前を付けた。
やがてツバ子は、卵を産んだらしく、巣の中にジッとしてるのを、見かけるようになった。
でも、毎日ひたすら卵を抱いているかと言うとそうでもなく、割とひんぱんに、出かけて行く。
身一つの間に少しでも遊んでおこうと言う感じか?
鳥のメスは、自分の寝食を忘れて、卵を温めるのではなかったか?
ツバ子は本当にしょっちゅう留守にしていた。
そんなある日、娘が学校から帰るなり、「お母さん!玄関で変な声がする!」と叫ぶので、行って見ると、かすかに「ピヨピヨ」と聞こえるではないか!
私は娘と、ヒナの誕生を喜び合ったが、その時も、ツバ子の姿はなかった。
それから間もなく、巣から顔じゅう口のヒナが四羽顔を出した。
ツバ子とツバクロウは、交代で餌を運んでくる。
ライアンにも、毎日見せてやった。
「ツバメ見に行こ~」と、毎朝ライアンが玄関で立ち上がって催促するようになり、それは私達の日課となった。
ある日、即席で取り付けたフン受け台に、シミがついているのを、夫が見つけた。
巣はとても高い所にあったので、夫が脚立で見てみると、案の定、一羽のヒナが、フン受け台に落ちていた。
ヒナに人間の臭いが付くと、親鳥が育てないと聞いていたので、夫は割り箸で、ヒナをつまんで巣に戻してやり、「受け台があってよかったね」「下まで落ちてたら死んでたかもね」とホッとしていた。
ところが次の日、今度は下まで落ちていたのだ。
かなり弱っていたが、死んではいなかったので、もう一度割り箸で、巣に戻した。
その時すでに、他のヒナより、かなり小さい事に気付いたが、まだ生きているヒナを、巣に戻す事しか考え付かなかった。
そしてまた次の日。
今度は、巣から離れた場所に、ヒナは落ちて死んでいた。
明らかに、他より弱い命を、これから生きていく命の為に、親鳥が淘汰したのだと思われた。
多分最初から、見限られていたのだろう。
私達は余計な事をしていたのだ。
自然界の厳しさを感じながら、私はそのヒナを、巣から見える場所に埋葬した。
残った三羽は、スクスクと育ち、もう巣立ちを待つばかりとなった。
私は毎日見守っていたので、巣立ちの日を思うと、胸がキュッとなった。
ツバ子とツバクロウにはさまれて、三羽のヒナ達が、頭上をクルクル旋回して、それから大空へ飛び立っていく…と言うイメージを、勝手に膨らませていた。
つづく。
つばめ
ツバ子がヒナに餌を!ヒナ見えます?

ツバメ~巣作り

「お母さん、ツバ子が戻って来たよ!」
娘に言われて、ああ、もうそんな季節か…と、一年前の我が家のツバメ騒動を思い出した…
あれは去年の春の事だった。
出勤しようと家を出た夫からメールが入り、“家の周りをツバメが飛び交ってる。巣をつくるつもり??”とある。
外に出てみると、なるほど、二羽のツバメがうちの周辺を物色している。
娘の話によると、ツバメは自分達にとって、安全な場所を探して、巣を作るらしい。
民家の軒先などは、ツバメにとっては安全な場所なのだ。
当時引っ越してきて間もない我が家の、どこがツバメのおメガネにかなったのか、とにかくうちは、安心安全と見なされたわけだ。
だが待てよ。
うちには猫がいるではないか。
鳥にとって、猫は天敵ではないのか?
安心安全と思って建てた家に、恐ろしい外敵が住み着いていた…となっては、ツバメにとって、欠陥住宅と言う事になりはしないか?
そこで私は、ライアンを抱いて外に出て、うちには猫がいる事をアピールした。
さしずめ、事前に包み隠さず内情を話す良い大家といったところだ。
ツバメ夫婦は、少し離れた電線に止まって、こちらを見ている。
ライアンもツバメに気付き、「カカカカ…」と小刻みに鳴いて威嚇する。(もちろん、抱っこされたままだが)
ツバメ夫婦はジッとこちらを見つめ、何やら相談を始めた。
「あなた、この家猫がいるわよ」
「そうだね、やばいね」
「あら、でもアホっぽいわよ」
「そうだね、アホっぽいね」
と、言っていたか否かは知らぬが、とにかく、ツバメ夫婦は、ライアンの存在を確認した上で、本格的に巣作りに取り掛かった。
それも玄関先の、まさに我が家の顔の部分にだ。
それから毎日、私は巣作りを見学した。
実に器用に、あっという間に、新築の巣は出来上がった。
玄関先のツバメの巣と言うのは、見た目あんまり綺麗な物ではなかったが、私は何だか嬉しかった。
ツバメを怖がらせないように、ツバメの留守をねらって、フンを受ける台を夫が取り付けてくれた。
準備万端、あとはヒナの誕生をまつばかりとなった。
つづく…
つばめ建築中
つばめ完成!

外猫のモーちゃん

我が家の近辺には、あまり野良猫がいない。
前に住んでいたマンションの近くに、魚屋さんがあり、そこには常に5~6匹の野良猫がたむろしている。
魚屋に猫と言うのはいかにも迷惑そうだと、気になっていたのだが、ある日の夕方、店の前を通ると、魚屋のおじさんが店の売れ残りの魚を持って、文字通り猫なで声で、「ほぉ~れ、お食べ~」と猫達を集めてふるまっていた。
売れ残りと言っても、見た所トロサーモンと思しき物を、惜しげもなく与えていた。
どおりでそこの猫達は皆、丸々と太っているはずだ。
私は常々、この魚屋のおじさんのように、外猫に餌をやって、お互いライトな信頼関係で付き合う、と言う接し方に憧れていた。
ライアンに、『猫』と言うものを見せてやりたい気持ちもあって、ずっと野良猫の出現を待ちわびていたのだ。
そんなある日。
うちの裏庭の日の当たるウッドデッキの上で、1匹の白黒猫がゴロンゴロンしている。
窓際まで近づいて、じっと見てると、白黒は一向に気付かず、気持ち良さそうに転がっている。
そのうち、ふと目が合った。
白黒は、仰向けのまま、一瞬私を見つめ、その後ゆっくり起き上がり、体を低くして、ススス…と去って行った。
私は嬉々として、お皿に餌を盛って、ウッドデッキに置いてみたが、それっきり白黒は、現れなかった。
その時ライアンは、爆睡中だったので、事の成り行きを知らず、後で窓の外に餌があるのを不思議そうに見ていた。
やがて冬になり、あの白黒はどうしてるかと思っていると、今度は家の横のエコウィルの室外機の後ろに猫がいる。
見た所、どうもあの白黒と思われる。
私はまたすぐに、餌を置いてやった。
餌を持って出た時に、目が合ったが、逃げずにじっとしていたので、なるべく知らん顔でさりげなく餌を置き、そっと部屋に戻り窓から覗いて見ると、早速食べている。
今度はライアンも起きていたので、見せてやると、ライアンは恐らく初めて見る『猫』にブルブル震えながらも、興味深げだった。
白黒は、チラッと上を見て、私とライアンに、「シャー」と一声威嚇すると、悠々と食べ続け、その後、顔を綺麗に拭って、去って行った。
その日から白黒は、毎日エコウィルの後ろに現れるようになった。
私はその猫を‘モーちゃん’と名付けた。
牛柄だから、モーちゃんだ。
毎日モーちゃんが来るとなると、餌も毎日いるわけで、早速モーちゃん用の餌を買いに行った。
大変申し訳ないが、ライアンとは別の、5kで500円ぐらいの安い餌にした。
ところがモーちゃんは、安い餌になった途端、クンクンと匂って、「ケッ」と言う顔をするのだ。
それでも知らない間に少しは減ってるが、ガツガツ食べてる様子はない。
モーちゃんは背中の毛がタワシみたいにガシガシではあるが、痩せてはいないし、きっと、あちこちの家で、美味しい餌を貰っているのだろう。
うちには、餌よりも、エコウィルの裏に暖を取りに来てるだけなのか?
しかし、モーちゃんのいない時に、エコウィルの裏を触ってみたら、なんと、ちっとも暖かくないのだ。
下はコンクリートだし、むしろ冷え冷えしている。
なぜわざわざ毎日ここにやって来るのか?
謎だ。
謎と言えばもう1つ。
モーちゃんは、日曜日には来ないのである。
三連休の時は、祝日も来なかった。
ただ、土曜日は来る。
これは一体どういう事なのか…?
よっぽどのマイホームパパなのか?
外猫モーちゃんの不思議である。
外猫モーちゃん
ちょっとわかりにくいですが、モーちゃんです。
実は2~3週間で来なくなりました。
餌に不満があったのでしょう
どこかで幸せでありますように…

復活!早っ!

大変お騒がせしましたが、別のショップも同じ見解だったので、取り敢えずこのまま使う事にしました。
ただ、今週の土日に、もしかすると、夫が修理に出しちゃうかも?です。
また明日からエッセイ掲載します
宜しくお願いします
ひとつだけ…しばらく新しく写真を取り込めないので、さやかさんからのベトナムのお土産を紹介できないのが残念です
では、また急にストップするかも知れませんが、時々チラチラ見に来て下さると嬉しいです。
復活!
お騒がせな、あきれた母ちゃんで恥ずかしいのだ。
袋の中に隠れるのだ。

ガ~ン!!

皆様、えらいこっちゃ!
先日からパソコンに不具合が発生し、今日修理に出します
私が知ったかぶっていじってたら、写真を取り込むことが出来なくなったんです
他の機能は問題ないみたいですが
これって修理に出しても、中身全部消えたりしないんだろうか??
皆様のところへ行けなくなったらどーしよー
そんなわけで、たぶん、しばらく、お休みします
私とライアンを忘れないでね

去勢手術-2-

実は手術を受ける際に、もう一度血液検査をお願いしておいた。
先生は「一度出た抗体が、消える事はありませんよ」と仰ったが、それでもお願いした。
ライアンがうちに来てすぐ、『ねこのきもち』を購読し始めていた。
ちょうどタイムリーに猫エイズの特集があり、それによると、猫エイズは猫同士の喧嘩でうつる事はあっても、出産時の母子感染はないと書かれている。
ライアンは生後すぐ、人間の手に引き取られてるので、他の猫との接触はないはずだ。
母子感染がないのなら、エイズのはずがないのだ。
私はその記事に希望を見出し、思い切って再検査をお願いしようと思ったのだ。
そして案の定、結果は陰性だった。
先生は「おかしいなぁ」と首をかしげる。
「先生、最初に検査した生後2ヶ月ぐらいでは、母親の抗体が出てしまう場合があり、6ヶ月の今回は、母親の免疫はもうないので、今回のこれが、正しい結果だと言う事ですよ!」などと、素人の私に言えるはずもなく、まぁ良かった良かったと、お茶を濁したのであるが、そもそも、この検査を、生後2ヶ月でする必要はなかったのではないか?
エイズ宣告を受けてからの数ヶ月、どんなに辛かったと思っているのだ!
おまけに先生は、去勢手術のストレスで、発症するかもしれないので、そのつもりで…とまで言ったのだ。
『ねこきも』を読んでなかったら、鵜呑みにして、手術もせず、泣き暮らしていたかも知れない。
結果オーライだから、喜ばしいんだけど、どうにも納得のいかない私であった。
さて、そんな事はどうでもいい当のライアンは、カラーがあちこちに引っかかって、水もうまく飲めないし、トイレもショベルカーの如く砂をすくってしまうし、非常に迷惑そうだったので、2日目から外してやった。
先生の言いつけを破ってやる!といったささやかな反抗心もあったかも知れない。
傷口を舐めないように、良く観察していたが、あるべき所に、あるべき物がないのは、とても痛々しいものだった。
去勢手術?
お父ちゃんに買って貰った初代キャットタワー

去勢手術-1-

生後6ヶ月で、子供を産ませる予定のない場合は、去勢・避妊手術をするものらしい。
ライアンはオスなので、去勢、いわゆるタマタマを取ってしまうのだ。
人道的には、色々問題はあるが、本を読んだりして勉強した結果、オスもメスも手術する事によって、病気になるリスクも下がり、ストレスからも開放されるらしいし、これはやはり飼い主としての義務であると判断した。
手術の前日、夜9時以降は絶食である。
水もダメなので、あちこちに置いてある水飲み用コップを撤去。
翌朝、いつものエサ場で、キョロキョロしているライアンは、可哀想だったが仕方ない。
いよいよ時間になり、キャリーバッグに入れて(これが前回の注射の時も入れて行ったのに、何の警戒もなく、入るんだな…)出発。
病院では、体重を量り、触診されて、熱を測ってもらう。
前回もこれで聞くも哀れな声で、大鳴きしたのだが、勿論今回も絶叫である。
そして問題無しと言う事で、ライアンだけ預けて、一旦帰らされるのである。
これが結構辛い。
ライアンの不安もさる事ながら、私も生きた心地がしない。
夕方迎えに行くまで、何をしていたかも思い出せない。
そして、夕方、迎えに行き、まだ麻酔が覚めやらぬライアンと対面。
さぞや喜ぶだろうと、キャリーバッグ越しに、とびきり優しく呼びかけると、ライアンは「ウゥー」と唸った。
先生が「ずっと唸ってましたよ。」と言う。「麻酔もなかなか効きませんでした。」
よっぽど緊張してたのだろう。
訳もわからず、朝から何も食べさせて貰えず、その上、知らない人の元に放っておかれて、痛い目にあって…そりゃあ唸りたくもなるだろう。
先生が「これが、取った物です。」と2つの小さな玉を見せてくれた。
それは、当たり前だが、金色ではなく、ちょうど福引のガラガラで出てくるハズレ玉のような、白い玉だった。
こんな大事な物を、いとも簡単に取ってしまって大丈夫なのか??
傷口を舐めないように、エリザベスカラーを付けて帰宅。
家に着くと、最初はヨタヨタしていたが、すぐに元気になり、その回復力に驚いた。
まだその夜中は絶食なので、腹ペコのあまり、おなかの皮が垂れ下がってて、とても可哀想だった。
去勢手術?
もう、何が何だか…

キャットタワー

ライアンは病院で保護されていた野良猫である。
病院から貰い受けた時に、2ヵ月後に3種混合ワクチンの注射と、血液検査をするので、来るようにと言われた。
血液検査は別にしなくても良いのだろうが、何せ野良出身なので、念の為と言うわけである。
調べるのは白血病と、猫エイズである。
どちらも、かかっていると最悪の場合、死に至る病であるらしい。
その日までの2ヶ月間、すっかり我が家のアイドルになったライアンに、私は色々な猫グッズを買い与えたくてしょうがない。
一番気になったのが、キャットタワーと言うヤツである。
まだ小さくて、登れるわけもないのだが、猫には上下運動が大事と聞きかじってからは、ますます欲しくなる。
夫は冷めた調子で、「高い物だし、デカくて邪魔だし、第一検査でエイズやったらもったいないやん」と言う。
私もその時は「それもそうか」と笑っていたのだ。
そして、検査の日。
猫エイズ陽性だった。
発症するかどうかはわからないが、発症すれば、特効薬はないと言われた。
涙が出てしょうがなかった。
夫はずっと黙っていた。
支払いを済ませ、ライアンを抱いて泣きながら車に乗り込むと、夫が「キャットタワーを買いに行こう」と言った。
この検査は、後日、誤診だったと判明するのだが、その時は、この子は神様に選ばれてうちに来たんだと、たとえ短い命でも、うちに来て良かったと思える一生を過ごさせてやりたいと、切に切に、願っていた。
キャットタワー
お母ちゃん泣かないで

ブログタイトルについて

『寝ている猫は時々白目』と言うのは、実はパクリである。
それも、娘の同級生の詩から盗った。
娘が4年生の時に、詩の授業があり、先生がクラス全員の書いた詩を、まとめて1冊にしてくれた。
どれも素晴しい内容だったが、中でも私の目に止まったのが、D君の詩だった。
『寝てる犬は時々白目』と言うのが原文だ。
この詩を見た瞬間、パクろうと思った。
ブログ構想はその頃からあったので、絶対これで行こう!と決めた。
もちろん、本人の許可は取っていない。
このブログが本になって、映画化されて、ミスチルが主題歌なんて事になれば、話は別だが、そうでない限りまぁ問題ないだろう。
ちなみに最近、もう1つ、捨てがたいタイトルを思いついた。
少し前に、テレビで「白い巨塔」の再放送をやっていて、これがすこぶる面白い。
早速、ブックオフで原作を買ってきて、ドラマと同時進行で読んでみたのだが、登場人物もピッタリ合ってて私はすっかり夢中である。
で、ふと見ると、ライアンがキョトンとした顔で、こちらを見ている。
すぐにひらめきましたね。『黒いキョトン』
どうでしょう?
私はしばらく一人でウケてたんですが…
もしも映画化のオファーが来て、著作権問題に発展しそうになったら、『黒いキョトン』に変えるつもりだ。
まぁ、どっちにしても、パクリには違いないんだが…
ブログタイトルについて
誰が黒いキョトンやて?
あ、映画化されたらオレの役は小池徹平あたりでよろしく!

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raipi

Author:raipi
京都在住 ♀ A型 水瓶座

ライアン ♂ 2006年8月20日生

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