それは家族で夕食をとっていた時だった。
突然階段付近から、ドドドーと言う音とガチャガチャガラガラ…と言う音が聞こえたので見に行くと、何やら黒い物体が物凄いスピードで階段を登ったり下りたりしている。
「黒い物体」と言ったのは、あまりのスピードに私の動体視力がついていけず、それがライアンなんだか何だか(いや、絶対ライアンだが)わからなかったからだ。
とにかくその黒いのが走るたびに、ガチャガチャガラガラドタドタ物凄い騒音で、その上、その走った後にはプラスチックの破片やら紙くずやらが散らばっている。
呆然と見つめる私の前で、ようやく黒いのがドタッと倒れこんだ。
やっぱりライアンだ。
へたり込んでいるその腰のあたりにビニール袋が巻きついている。
驚いて我に返った私は、大声で「ライアン!どうしたん?!」と叫びながら、巻きついたビニール袋を外してやろうと走りよった。
その時である。
ライアンが「ガルルー」と唸って私の手に噛み付いたのである。
それでも私はとにかくビニールをとってやろうと、奮闘した。
無事ビニールが取れた時には私の左腕、手の甲、手の平は、引っ掻き傷と噛み付き傷でとんでもない事になっていた。
ライアンに何が起こったか。
彼は私達の食事中、ちょいと二階の夫の書斎のゴミ箱をあさっていた。
と、ゴミ袋が頭に引っかかり、取ろうともがくうちにますます深みにはまり、パニくって走ったら、ゴミ袋の中身がガチャガチャガラガラでてきて更にパニックに…
とまぁこんなところだろう。
階段から夫の書斎までゴミが散乱し、更に何やら水が点々と落ちている。
しかも臭い。
点々をたどって行くと、へたり込んで興奮しているライアンにたどり着いて、ちょっとした水溜りができている。
ちびったのね。
恐怖のあまり、ちびりながら走ったワケだ。
ちびりながら、この私に噛み付いたんだ。
とりあえず、臭いので、拭き掃除のため雑巾をとりに行こうとしたその時である。
ライアンが今まで見たことないくらい、最大級に全身をふくらませて、「オーボロロロロ~」と言ったのである。
私は一瞬それがライアンから発せられた声とはわからなかった。
それくらい猫の声とは思えないモノだったのだ。
もう一度、ライアンに近付いてみる。
やはり「オーボロロロロ~」の雄叫びだ。
私達がちょっとでも動くと、ボンボンに膨らんだ体で瞳孔は開きっぱなし、口をはっきり「オ」と「ボ」の形に開いて何度も言うもんだから「何?何かの呪文?もしかして変身するの?」と、私は床を拭くことも腕の消毒をする事もできず、ただジッとライアンを見守る。
しばらくして、そっとライアンの横をすり抜け、洗面所に行けたので、やっと手を洗い、消毒もして、雑巾がけもできたのだが、その間もずっとライアンは「オーボロロロロ~」である。
オシッコはライアンの体にもついているのに、彼は毛繕いさえせず、ひたすら私の行動を目で追いながら警戒している。
小1時間たって、ようやく体の膨らみがおさまってきた。
2時間たってやっと毛繕いを始めた。
その間ずっとライアンは玄関先の寒い場所にいたのだが、しばらくするとソロリとリビングに入って来て、やっと床暖の上に横になった。
事件発覚からここまで3時間、である。
ようやく落ち着くまで、3時間もかかったのだ。
更にちょっとした物音でビクッとしたり、私が撫でてやろうとする手に驚いたり、そういうことが全くなくなるまでにもう1時間、結局いつものライアンに戻ったのは4時間後である。
まぁ恐かったのはわかるけど…
どんだけビビっとんねん!
言っとくけどビニール被ったの、アンタのせいだからね。
私がやったんじゃないのよ。
私はアンタをビニール星人から助けてあげたんだよ。
なのにアンタは私に噛み付いた…
思い切り噛み付いた…
今までの噛み付きが、いかに甘噛みだったかって良くわかったわ。
骨まで痛いもの…
内出血してるもの…
でもそんな事はこの際もういい。
あの「オーボロロロロ~」は一体なんだったのか?
昔の人はあんな状態の猫を見て、「化け猫伝説」を作ったんじゃなかろうか?
翌日、特に反省する事もなく、まだほのかに香る階段を念入りにチェックしながら「何やこの家ションベン臭いなぁ」と顔をしかめていたライアンは、自分が秘かに「おもらしオボロマン」と呼ばれている事をまだ知らない。
どーせ僕は「おもらしマン」ですよ、あーそうですよ!
イジイジ…