右か左か、それが肝心。

ライアンが私に遊んで欲しくて“トン”ってする時はいつも必ず右手だ。
ちょっと小首をかしげて、それはそれは可愛い表情で、“トン”としながら「ねぇねぇ遊ぼう」と私にチョッカイを掛けて来る時は必ず右手なのだ。
最初は猫にも利き手があってライアンは右利きなのかなと思っていたが、どうやらそうではないと言う事を最近発見した。
ライアンが息子にチョッカイを掛ける時は、いつも左手なのだ。
息子に無理やり抱っこされて拒否る時も必ず左手で息子の顔面をギューっと押す。
これは一体どういう事か?
彼が左右の手を使い分けている理由は一体何なのか?
昨日、機嫌良く寝てるライアンを、息子が撫でようとしたら、やはり左手でパンチされていた。
それを見て、ハタとひらめいた。
確かどこかの国では、左手は不浄の手ではなかったか?
何で不浄かって言うと、要するに左手はウ○コ拭く手だからだ。
そうか…
そういう事だったのか…
妙に納得、目からウロコの母であった。





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テヘ!兄ちゃんゴメン!(ま、オメーはオレ的にはウ○コレベルなんだよ)









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オーボロロロロ~

それは家族で夕食をとっていた時だった。
突然階段付近から、ドドドーと言う音とガチャガチャガラガラ…と言う音が聞こえたので見に行くと、何やら黒い物体が物凄いスピードで階段を登ったり下りたりしている。
「黒い物体」と言ったのは、あまりのスピードに私の動体視力がついていけず、それがライアンなんだか何だか(いや、絶対ライアンだが)わからなかったからだ。
とにかくその黒いのが走るたびに、ガチャガチャガラガラドタドタ物凄い騒音で、その上、その走った後にはプラスチックの破片やら紙くずやらが散らばっている。
呆然と見つめる私の前で、ようやく黒いのがドタッと倒れこんだ。
やっぱりライアンだ。
へたり込んでいるその腰のあたりにビニール袋が巻きついている。
驚いて我に返った私は、大声で「ライアン!どうしたん?!」と叫びながら、巻きついたビニール袋を外してやろうと走りよった。
その時である。
ライアンが「ガルルー」と唸って私の手に噛み付いたのである。
それでも私はとにかくビニールをとってやろうと、奮闘した。
無事ビニールが取れた時には私の左腕、手の甲、手の平は、引っ掻き傷と噛み付き傷でとんでもない事になっていた。
ライアンに何が起こったか。
彼は私達の食事中、ちょいと二階の夫の書斎のゴミ箱をあさっていた。
と、ゴミ袋が頭に引っかかり、取ろうともがくうちにますます深みにはまり、パニくって走ったら、ゴミ袋の中身がガチャガチャガラガラでてきて更にパニックに…
とまぁこんなところだろう。
階段から夫の書斎までゴミが散乱し、更に何やら水が点々と落ちている。
しかも臭い。
点々をたどって行くと、へたり込んで興奮しているライアンにたどり着いて、ちょっとした水溜りができている。
ちびったのね。
恐怖のあまり、ちびりながら走ったワケだ。
ちびりながら、この私に噛み付いたんだ。
とりあえず、臭いので、拭き掃除のため雑巾をとりに行こうとしたその時である。
ライアンが今まで見たことないくらい、最大級に全身をふくらませて、「オーボロロロロ~」と言ったのである。
私は一瞬それがライアンから発せられた声とはわからなかった。
それくらい猫の声とは思えないモノだったのだ。
もう一度、ライアンに近付いてみる。
やはり「オーボロロロロ~」の雄叫びだ。
私達がちょっとでも動くと、ボンボンに膨らんだ体で瞳孔は開きっぱなし、口をはっきり「オ」と「ボ」の形に開いて何度も言うもんだから「何?何かの呪文?もしかして変身するの?」と、私は床を拭くことも腕の消毒をする事もできず、ただジッとライアンを見守る。
しばらくして、そっとライアンの横をすり抜け、洗面所に行けたので、やっと手を洗い、消毒もして、雑巾がけもできたのだが、その間もずっとライアンは「オーボロロロロ~」である。
オシッコはライアンの体にもついているのに、彼は毛繕いさえせず、ひたすら私の行動を目で追いながら警戒している。
小1時間たって、ようやく体の膨らみがおさまってきた。
2時間たってやっと毛繕いを始めた。
その間ずっとライアンは玄関先の寒い場所にいたのだが、しばらくするとソロリとリビングに入って来て、やっと床暖の上に横になった。
事件発覚からここまで3時間、である。
ようやく落ち着くまで、3時間もかかったのだ。
更にちょっとした物音でビクッとしたり、私が撫でてやろうとする手に驚いたり、そういうことが全くなくなるまでにもう1時間、結局いつものライアンに戻ったのは4時間後である。
まぁ恐かったのはわかるけど…
どんだけビビっとんねん!
言っとくけどビニール被ったの、アンタのせいだからね。
私がやったんじゃないのよ。
私はアンタをビニール星人から助けてあげたんだよ。
なのにアンタは私に噛み付いた…
思い切り噛み付いた…
今までの噛み付きが、いかに甘噛みだったかって良くわかったわ。
骨まで痛いもの…
内出血してるもの…
でもそんな事はこの際もういい。
あの「オーボロロロロ~」は一体なんだったのか?
昔の人はあんな状態の猫を見て、「化け猫伝説」を作ったんじゃなかろうか?
翌日、特に反省する事もなく、まだほのかに香る階段を念入りにチェックしながら「何やこの家ションベン臭いなぁ」と顔をしかめていたライアンは、自分が秘かに「おもらしオボロマン」と呼ばれている事をまだ知らない。





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どーせ僕は「おもらしマン」ですよ、あーそうですよ!
イジイジ…







0円のスマイルなんていらねーんだよ!

先日息子が某ハンバーガーショップで並んでいると、小さな子供を連れたお父さんがやって来て、子供を並ばせて自分はトイレに行ったそうな。
で、お父さんが居ない間、子供はただボケーと突っ立ってて、ドンドン順番を抜かされていたそうな。
そこへトイレを終えたお父さんが戻って来て…ブチ切れた!
「ちょっとどういうことですか?子供が並んでるんですよ。こういう店は順番が命でしょ。順番守らなくてどうすんの?」とまくし立て、あまりの剣幕に子供が「パパ怒らないで、パパ怒らないで」と泣いてしまったらしい。
息子からその話を聞いて、「みっともないね~。順番が命ってどーよ?もっと大事な物あるやろ」なんて笑って言いつつもそんな事はもうすっかり忘れていた。
そして後日、今度は私がその同じ店へハンバーガーを買いに行った。
お昼時はたいそう混んでいて、入り口を開けた所すぐに人があふれかえり、とりあえず私はその人ごみの最後尾と思われる所に並んだ。
しかし、待てども待てども順番は回ってこない。
よくよく見れば反対側の列はドンドン進んでいる。
これはおかしいとようやく気づき、私の前の人に「ここ並んでおられるんですよね?」と聞いてみる。
返って来た返事は案の定、「ここは注文済み商品待ちの列ですよ」
…キレた。
一瞬でブチ切れ。
あんたらどういうつもりや。。
今入ってきた人が注文済みの列に並んだら一言「ここじゃないですよ」と言えんか?
コラ、店員!
あんたらも見てたやろ?
ずっと待ってる人がいたら「お先のお客様から」と言えんか?
大体前にも子連れのお父さんの苦情受けてるはずやろ?
何かい?この店は客のクレームは無視ですか?
あぁそうですか、そうですか。
メラメラ胸の内を燃やしながら正しい列に並び直し、やっと自分の番が来た時に、息子よりも年下かもしれないアルバイトの子に「あのね、私今こっちにずっと並んでたのよ。ドンドン順番抜かされてさ、こんなモンあんた、順番待ちと商品待ちの列分けとかな意味ないやん。」と文句を言った。
アルバイトは「はぁ…」と無意味な笑顔を浮かべるだけで「すみません」どころか「わかりました」とも言わない。
後ろが混んでいるのでそれ以上陣取るわけにも行かず、怒り覚めやらぬままとりあえずその場を後にした。
しかし、怒りは納まらない。
子連れのお父さん!アナタは正しかった。
こういう店はね、順番が命なのよ。
マニュアルの一番上に「順番命」って書いとけよ。
この世になぁ、順番より大事なものなんてねぇんだよ!!
責任者出て来ーーい!
家でまくし立てる私にニヤニヤしながら息子が一言、「ママ怒らないでぇ~」





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まぁまぁそう怒らんと…








THIS IS IT

猫に登っちゃいけない所を覚えさせるのは案外簡単だ。
そこに登れないようにすればいい。
例えばその棚いっぱいに物を置いてしまうとか、目隠しをつけてしまうとか。
ライアンがまだ子猫の頃、冷蔵庫の上に登れるようになってしまい、それは別に構わないんだけど、冷蔵庫の向こう側に落ちたら大変だからと、目隠しに天上からカーテンをつけた。
ところが、ライアンはお構いなしに登って、カーテンの奥へ消えるのだ。
目隠しがある分、余計にそこはライアンのお気に入りの場所になってしまった。
ライアンがどこにもいなくて大騒ぎで探していると、「呼んだ?」と言う風にカーテンの下からヒョイと顔を出す。
それがなかなか面白い。
何だか出番待ちの俳優みたいだ。
以来うちでは冷蔵庫の上を「ライアンの楽屋」と呼んでいる。
大物アーティストは表舞台の顔だけではなく、楽屋にこそ真の姿が潜んでいる。
いくら表で優雅に振舞っていようと、楽屋でスタッフに当り散らしていたのでは魅力も半減だ。
マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」を観た。
亡くなる前のツァーリハーサルで構成されている映画だ。
マイケルは音の一つ一つ、タイミングの一つ一つに対する自分の思いを丁寧にスタッフに伝える。
言葉を荒げる事はなく、とても丁寧に、時には感謝の言葉を交えながら伝える。
スタッフもまた、どうすればマイケルの意に沿うか、常に考えながら行動する。
誰からも愛されたスーパースター、マイケル・ジャクソンは、一緒に仕事をする人達に一番愛されていたのかも知れない。
私はそんなにマイケルの大ファンって事もなかったのだが、不思議と映画で流れるどの曲も知っていた。
僭越ながら、彼の歌の上手さとダンスの素晴しさに心から感動した。
観終わって、一緒に行った友人に思わず「今度マイケルが日本に来たら絶対観に行こうね!」と言ってしまった。
色々な事が彼にはあったけど、このロンドンツアーが実現していたら、世界はまたきっとマイケルを認めただろう。
彼のスタッフ達は今どんな思いでいるのかとふと思った。
きっと今でも楽屋のカーテンの向こうから現れるマイケルを待っているに違いない。
だけどもう、彼はいない。
どんなに待ってももう、彼はいないのだ。





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ライアンさん、出番だよ!




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はいよ!
注:うちのスーパースターはどこでもエラそうにしまくりです。





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本当に格好良かった!
ちなみに一緒に行った友人は今回3回目の鑑賞だったんです。
最初それを聞いた時は引いたけど、観終わった後はわかる気がしました。
映画館を埋める人は殆んどがオバサンでした。
そうよねーマイケル世代はもうオバサンなのよねー
感慨深いわ…

桃栗3年ボックス2年

2年前(あちこちで3年と書いてきたが2年の間違いでした。ここに訂正してお詫びします)、大枚を叩いてキャットタワーを購入した。
ライアンはまだバラバラの部品状態のうちから興味津々で、いちいち棚に彼を乗せたまま持ち上げて設置する羽目になりながら組み立てたのを覚えている。
タワー中ほどにあるボックスはまさに猫心をくすぐる隠れ家的要素をかもし出し、「これはお気に入りの場所になるぞ。これでリビングを占領する数々のダンボール箱を片付ける事が出来る」と喜んだものだ。
ところが。
なぜか組み立て終わったタワーに嬉々として上るも、ボックスだけには入らない。
ボックスの存在そのものを否定してるかのように無視している。
何で?どうして?と自問するも、猫心は計り知れず、あれから2年の年月が過ぎて行った。
しかし2年たったこの冬、ある日突然彼は自らボックスに入ったのである。
何故今になって入ったのか?
はたまた何故今まで全く入ろうとしなかったのか?
謎は深まるばかりであるが、私はここに1つの仮説を立てた。
猫には類稀なる危機管理能力が備わっている。
ちょっとした物音にも敏感で、その小さな三角の耳はさながらレーダーだ。
その猫が入らないと言う事は…
そう、そのボックスが危険だったと言う事に他ならない。
一見何の変哲もないボックスだが、そんなものは見かけに過ぎない。
人間の目などあてにはならない。
猫が危険だと言ったら危険なのだ。
例えば、そのボックスは遠くアフガニスタンから輸入されたのかもしれない。
地雷の埋まっていた地から生えてた木で作られたのかも。
製作者がアルカイダの友達の友達じゃないと誰が言いきれよう。
あるいはひょっとして、ヤクの運び屋が、たまたま郵送途中のこのボックスの中に、ブツを隠したのかもしれない。
税関は誤魔化せても猫の目は誤魔化せない。
かくして猫は完全に危険が回避され、それが安全だと確信できるまで、決して入ろうとはしない。
その確信に至るまでの期間が2年…と言うわけだ。
可愛い猫の為に買ったベッドやおもちゃを全く使ってくれないと嘆いている全国の愛猫家諸君。
それはあなたの知らない所で数々の危険を潜り抜けた品なのだ。
アナタの猫を信じなさい。
2年たてば猫の許しが必ず出るだろう。
それまでは短気を起こさず、猫が何の躊躇もなく速攻で入る安全で国産の宅配便の箱を部屋中に置くしかない。
ちなみに私はライアンが2年目にして初めてボックスに入る瞬間を幸運にも見ていたのだが、特に匂いを嗅ぐ事もなく、たまたま「あれ?こんなとこにこんなモンあった?」みたいにモサーっと入って行き、もしかしてそこにボックスがある事に今気がついただけ?ってちょっと思ったけど、まぁこの際それは見なかった事にしておこう。





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地雷の気配が消えたようだ。安全確認よーし(ライアンの心の声、飼主想像)
こんなええモンあったんやったら早よ言うてぇな…(ライアンの本心、飼主には秘密)

久々に泣きました

昔から本を読むスピードが異常に早い。
それゆえ、図書館に注文していた本がいっぺんに3冊来たところで、ちっとも困らない。
大抵は一日で1冊、ヘタすれば2冊は読んでしまう。
まぁ、本当の事を言えば、多分にナナメ読みと言うか、咀嚼せずにチャッチャと読んでると言うのが実情で、それを証拠に今まで読んだ膨大な本の内容は殆んど覚えていない。
読むハシから忘れてしまうのだ。
それってどうよ?と思われるかも知れないが、この「読んですぐ忘れる」と言うワザは、昔読んだはずの本を初めて読むかのように楽しめる、大変お得で使える特技なのだ。
この間などは、一度読んだはずの推理小説なのに、犯人が全く思い出せず、最後の1ページ手前まで楽しめた(さすがにそこで思い出した)。
私が本は買わずに図書館で借りるのも、ひとつは同じ本を何度も買う愚を避けるため、ただのケチではないのである。そこんとこヨロシク。
だが、そんな私がどうしてもすぐに読みきれなかった本がある。
泣けて泣けて苦しくて、どうしても途中で本を閉じないと体がもたなくなってしまうのだ。
結局読みきるのに4日もかかってしまったその本とは、内田百さんの「ノラや」である。
これは作者が自宅庭に出入りしていた野良猫の子をノラと名付けて可愛がっていたが、ある日ノラが失踪、以後毎日毎日ただいなくなったノラを心配し、涙する心情を綴ってあるだけと言えばそれだけなのだが、作者の心中が痛い程わかって、堪らなくなるのだ。
作者は何を見ても何をしていてもノラを思い涙する。
帰れなくなったノラが可哀想でただ泣き濡れる。
尋ね猫のビラを何百枚も作り、電話を受けると飛んで行き、死んで埋めてしまった猫でも似てたと聞けば掘り返させて貰って確認をする。
でもノラはどこにもいない。
作者はノラに始めて会った日の事を思い出して泣き、ノラが気に入って寝ていた場所を見て泣く。
いつもお風呂のふたの上で寝ていたノラを思い出すのが辛くてお風呂にも入れなくなり、ノラが好きだったお寿司が食べられなくなる。
もしかするとどこかで誰かに飼われているかもと思いながらも、そこで叱られてはいないかとまた泣く。
本当にただそれだけの内容が、悲しくて辛くて苦しかった。
だがこう感じるのは猫好きだけの感情のようで、折しも某新聞の読書感想文のコーナーで、たまたま今週この「ノラや」を取り上げていたのだが、寄せられる感想の殆んどが、「たかが猫で…」「大の大人がみっともない」といった内容だったのだ。
世間って冷たいのね…。
一緒に暮らせばそれはもう家族なんだと私は思う。
留学生を1週間預かっただけでも別れの時は辛くて泣くではないか。
ずっとそばにいた猫なのだ。
いなくなって心配して泣き暮らすのは当たり前の事である。
子供が失踪して泣いている親に「大の大人が…」と言う人はいないだろう。
一緒なのだ。
そこをわかって欲しい。

悲しい気持ちのまま「チェンジリング」と言うDVDを見た。
これは母親が仕事から帰ると子供が居なくなっており、5ヵ月後やっと見つかったと思ったら全く別人だったと言うお話。
母親がいくら「違う」と訴えても警察は「思い違いだ、5ヶ月もたてば子供は変わる」と取り合わない。
かなり恐ろしい内容だったが、子供の無事を祈り続けて戦うこの母親とノラの帰りを信じて泣き濡れる先述の作者とは、賛否はあるだろうが根本は一緒なのである。
私だって、ライアンがいなくなったら毎日泣いて探し続けるし、息子が失踪して別人が帰ってきたりしたら息子を取り戻すまで戦い続ける。
でも朝仕事に出た夫が嵐の桜井翔君になって帰って来たりしたら…ちょっと嬉しい。






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やっぱり猫の方が1ランク上ですな?



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プロフィール

raipi

Author:raipi
京都在住 ♀ A型 水瓶座

ライアン ♂ 2006年8月20日生

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