少し前に私の大好きな偽シャムが庭にやって来るようになった。
私はその子をママちゃんと名付け(ずっと以前に子猫連れで見かけたから)懐かせようと試みた。
でもママちゃんは警戒心が強く、私が見ていたら餌も食べない。
ある日、外の餌場からムシャムシャと音が聞こえたので、ママちゃん来てるのかなと覗いたら、今まで見かけた事のない大きな茶トラがいた。
一心不乱にママちゃんの食べ残しを食べていたが、私に気付くと顔を上げた。
その顔がまぁ悪そうで、喧嘩上等って感じ。
顔は古傷だらけでそれはそれは強そうで、ちょっと楽天の田中投手に似ている。
マー君(やっぱこう呼ぶしかないでしょう)の警戒心はママちゃん以上で私を見ると飛んで逃げたが、それ以来ママちゃんが来なくなった。
もしやマー君がここの餌を狙ってママちゃんを追い出したか?
でもここら辺には前々からボス猫がいたはずだ。(名前は源さん。)
源さんには物凄いオーラがあって、うちの庭を歩いてるだけでライアンが2階まで逃げたと言う伝説の猫だ。
その源さんを最近見ない。
マー君はもしかして、源さんとのボス争いに勝ったのかもしれない。
あの傷は源さんと戦ったときの傷か?
それからマー君は度々来るようになった。
黙ってひたすら餌置き場に座っている。
可哀相なのでついつい来たら餌をやってはいるが、来なくなったママちゃんが心配でしょうがない。
マー君に聞いても悪い顔でボケーとしてるだけだ。
マー君は顔がやたらとデカイのに耳が小さい。
じっくり見ると目も小さく、鼻はペチャンコで、はっきり言って可愛い要素がかけらもない。
だが動物界には「ブサ可愛い」と言うジャンルがあるので頑張るよう言ってみたが、本猫は特に気にしてない様子だ。
いつも木の葉やホコリを体につけたままで、やたらと小汚い。
昨日は顔にくもの巣を付けていた。
「マー君、さすがにそれは気になるでしょう?ちょっとこうして顔拭ってみ!」と私は窓越しにマー君に猫手で顔を拭う仕草をしてみせる。
だが彼はボケーと小さな目でチラリと見るだけでくもの巣を付けたまま帰っていく。
マー君は見た目がそんなに恐いのに、私を見るとビクッとして逃げるので、ライアンが何を勘違いしたかとても強気である。
窓越しに「やんのか?オラァ?」と上から目線だ。
するとマー君は、ライアンの後ろにいる私が恐いから飛んで逃げる。
ライアンはまさに虎の威を借るバカ猫状態でますます調子に乗る。
マー君は少し頭が弱いのか、雨の日は濡れない場所で待とうと言う気がない。
一晩中雨が降っていた翌朝にいつもの窓を開けると、びしょぬれで寝ていたりする。
「マー君!ずっとここに居たん?びしょぬれやん!」と言う私の声でビクッと目覚めて大あくびだ。
そしてやっぱりびしょぬれの体を毛繕いする事もなく、翌日もドロドロのままやって来る。
なかなか憎めないタイプだ。
憎めないが、ママちゃんの事は気にかかる。
マー君がママちゃんを襲ってやっつけたんだとしたら餌をやるのも躊躇する。
ところがある日、いつものようにマー君来てるかな?と窓を開けたら、何とママちゃんが居たのだ。
ママちゃんは以前の可愛さはどこへやら、デップリ太ったオバサン体型の強面で「餌出せや!」と私を脅した。
あわててマー君が使ってたお皿に入れてやると、ジィーと見て「こんなオヤジ臭がする皿で食えるかボケ!」と私を睨みつけるではないか。
「すみません、すみません」と新しいお皿を捜して再び置くと「これでええねん。気ぃつけや」とゆっくり食べだした。
そこへライアンがやって来て「だれ?だれ?いつもの弱デカ猫?」と無邪気に窓辺に近付いた。
するとママちゃんは「シャー」と恐ろしい形相で威嚇し、網戸にパンチまで繰り出した。
ママちゃんが去った後、何度も窓を開けてみるがマー君は来ない。
ママちゃんの変貌ぶりと、マー君が姿を消した事から、私の妄想劇場が幕を開ける。
もしかして全ての黒幕はママちゃんだったのでは?
目の上のタンコブだった源さんをマー君に殺らせて、油断した頃を見計らって今度は自分がマー君を?!
たぶん“彼女居ない歴十数年”のマー君はママちゃんの色仕掛けに簡単にひっかかったに違いない。
「ねぇ、あたい、源さんに付きまとわれて困ってんのよ。アンタが源さんを殺ってくれたらあたいはアンタのもんだよ」とか耳元で囁かれて、ちょいと手でも握られたらそりゃあもうマー君なんてイチコロだ。
「ハイ!喜んで!」と巨体を揺すって源さんに夜襲を掛け、傷だらけになりながらも何とか追い出したんだ。
もしかするとママちゃんは更に、マー君を信用させるために「あたい、いい餌場知ってんだ。」とうちの勝手口を教えたのかも知れない。
マー君がノコノコ来て見ると、本当に餌が出てきたし、こんな餌場を教えてくれたママちゃんのためなら…と必死になったのもわかる。
マー君やられちゃったんだ…
東京湾に沈んでるんだ…
可哀相なマー君。
そんな事を思い巡らしながらライアンを見ると、彼は自分の餌場で天使のように無心に餌を頬張っていた。
その彼の頭越しの窓の向こうに異様な殺気が感じられる。
目を凝らすと、遠くからママちゃんがこちらを凝視しているではないか。
見つかったんだ。
ライアンはちょっと高級な餌を食べてる事がバレたんだ…。
ママちゃんは「ふーん、そいつはそんなの食べてんだ。あたいには安物しか出さないくせに、そいつはとりけずりまで掛けてんじゃん」と凄む。
私はライアンとヒシと抱き合い、「ひぃぃ~許してください!姐御~」とひたすら謝った。
「以後気ィつけや。気ィつけんと今度はお前が沈む事になるでぇ」と捨て台詞で悠々と去って行くママちゃんのお尻もまた、たくさんの草やくもの巣でドロドロだった。
外で必死に生きてる猫達は身だしなみになんて構っていられないのだ。
ライアンがのんびり寝そべって毛繕いできる事に、私は心から感謝した。
それからママちゃんを見ていない。
ただ一度だけ、マー君がうちのウッドデッキの上を無意味に走り回っているのを目撃した。
マー君が生きていてホッとしたが、恐らくは、「使えるデブだってとこ見せてみろや。」とママちゃんに言われて巨体を震わせて走っていたのであろうマー君に私はもう何も言わない。
外猫達よ、強く生きていっておくれ。
そしてまた気が向いたらここへおいで。
いつでも高級餌の用意はできている。

ブサカワ猫マー君です。