リビングには床暖房も設置してあるので、冬はその二つの暖房だけで充分しのげる。
しかし、あろう事か、うちのリビングにはガスの口がない。
ファンヒーターは隣の和室の口からグィーっと伸ばしてきたガス管の先でやっと温風を吹き出す。
和室とリビングの間には当然扉があるわけで、ガス管も当然そこを横切っている。
つまり、冬の間ずっと、我が家の和室とリビングの間の扉は、ガス管の幅だけ開いているのだ。
何が悲しいって、隙間風ほど悲しいものはない。
毎年、ガス管分のほんのわずかな隙間風に、私達家族は耐えてきた。
そんな昭和枯れすすき風の冬に今年ついに別れを告げる事になった。
リビングにガスの口を設置したのだ。
いやはや、そんな簡単な解決法になぜ五年間も気付かなかったのか。
工事の日、ガス屋のお兄さんはいとも簡単にリビングの床に穴を開け、こう言った。
「床下潜らせてもらいますね。」
床下収納庫をパカッとはずすと、そこにはいかにも猫が好きそうな暗い空間が広がっていた。
これ、ヤバいんじゃないか?
ここにライアンが飛び込んでしまったらどうやって助けるよ?
懐中電灯を片手に這いつくばったまま床下に入り込んだお兄さんの背中に聞いてみる。
「あのぉーここ閉めちゃっていいすか?猫入ったら困るんで」
今や足の先さえも見えないお兄さんが、暗い床下からくぐもった声で「えぇー!勘弁してくださいよ」と叫ぶ。
「閉めないてくださいよ!お願いしますよ!」切羽詰まった感じの声に、渋々了解し、じゃあ見張っとくしかないなとパックリ空いた穴の前に座り込む。
ガサゴソと進むお兄さんの気配が段々遠のき、やがてシーンと静かになった。
うちの床下収納庫からガスの口設置点まではかなりの距離がある。
これ、もし途中でお兄さんが息絶えたりしたらどうなんの?
いや、まさかそんな…
でも妙に静かだ。
頭の中に「いえ、本当にさっきまで元気だったんです。」と、モザイクかかった顔でインタビューを受けてる自分が浮かぶ。
「お兄さーん」恐る恐る呼んでみる。
返事はない。
ヤバい。
やばいよこれ。
うちの床下で死なれたらどーするよ?私助けに行けないよ。
どうしよう?
知らん顔を決め込むか?
蓋を閉めてしまえば誰にもわからない。
でも、今後ずっと死体の上で暮らすってのもあんまり気分のいいものではない。
うーん困った。
と、程なくガサゴソと音がして、お兄さんが穴からひょっこり顔を出した。
「お帰りなさい!」
戦地から息子の帰還を迎える母のような私のウェルカムぶりにお兄さんはちょっと戸惑いながら「え?はあ、ただいま」と小さくつぶやいた。
何はともあれ無事にリビングにガスが通り、この冬からは扉をピッタリ閉めて更に暖か、ライアンも喜ぶってもんだ。
有難うね、お兄さん!
生きてるって素晴らしい。

猫心くすぐる穴

え?誰か来てたの?
心配しなくてもずっと気付かず寝てた世界一賢いうちの猫
